新たに旧三井物産が誕生
明治時代、日本政府は臨戦体制の整備を重要任務として、軍備強化のため巨額の経費を捻出するための大増税案を発表しました。同案が議会で可決されるに至り、三井合名は改組の実施を急ぐことになります。合名会社の形態では税制上極めて不利でしたので、これを株式組織に改める必要になったのです。しかし合名を直接に株式会社に変更すれば、またしても巨額の税金を払うことになります。そこで考え出されたのが、合名を旧三井物産に吸収合併させて新会社を作るという方法でした。子会社が親会社を吸収するという、実に変則的な方法ではありましたが、増税案施行は目前、短期間であったため時間がありませんでした。立案から数カ月後の1940年3月20日、計画は実行され、新たに旧三井物産が誕生、三井は新税法施行による多額の課税を免れたのです。